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名古屋地方裁判所 昭和60年(ワ)1322号 判決 1991年3月27日

愛知県刈谷市<以下省略>

原告

右訴訟代理人弁護士

岩本雅郎

纐纈和義

名古屋市<以下省略>

被告

ミリオン貿易株式会社

右代表者代表取締役

Y1

東京都中野区<以下省略>

被告

Y1

同都三鷹市<以下省略>

Y2

長野県松本市<以下省略>

Y3

大阪府茨木市<以下省略>

Y4

被告ら訴訟代理人弁護士

奥村軌

主文

一  被告らは、原告に対し、連帯して金二五六〇万八八五〇円及びこれに対する昭和六〇年五月二八日から支払い済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告の被告らに対するその余の各請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを五分し、その三を被告らの、その余を原告の負担とする。

四  この判決の第一項は仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは原告に対し、連帯して金三九二八万六八五八円及びこれに対する昭和六〇年五月二八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求の原因

1  当事者

(二) 原告は、後記取引当時四七才で、愛知県刈谷市のa精機株式会社に勤務するサラリーマンであり、先物取引の経験は全くなかった。

被告ミリオン貿易株式会社(以下「被告会社」という)は商品取引所法の適用を受ける商品取引所の市場における上場商品の売買及び売買取引の受託業務等を目的とする会社であり、被告Y1(以下「被告Y1」という)は被告会社の代表取締役であり、同Y2(以下「被告Y2」という)は同社の営業部長、同Y3(以下「被告Y3」という)は同社の本店第一営業部次長、同Y4(以下「被告Y4」という)は同社の営業担当者であった。

2  被告らの不法行為

(二) 被告会社、同Y1、同Y2、同Y3及び同Y4は、共謀して原告に損害を与えることにより自らの利得を図ろうと企て、原告に多額の資金を預託させ、昭和五八年一月一八日から昭和五九年七月六日までの間、別表一ないし三のとおり一一九回にわたり、名古屋穀物商品取引所における輸入大豆の売買取引(以下「本件取引」という)を行わせ、その結果原告に莫大な損害を与えた。

3  被告らの行為の違法性

(一) 商品取引所法違反

(1) 断定的判断の提供(法九四条一号)

被告Y4、同Y3は、原告に対し「必ず儲けてもらう」「まだまだ値上りするから精算は早い」「大丈夫である」などと、利益を生ずることが確実であると誤解させるべき断定的判断を提供して本件取引を勧誘した。

(2) 一任売買、無断売買(法九四条三、四号、同法施行規則七条の三第三号)

被告Y4、同Y3らは、原告が「取引をやめたい」との意思を表明していたにも拘らず、その意思に反して建玉をしたり、原告に何らの連絡もなく売買をするなどして、無断売買、一任売買を繰り返した。

(3) 証拠金不納付(無敷き、薄敷き、法九七条一項)

被告Y4、同Y3らは、原告から委託証拠金の入金がないのに、勝手に建玉を先行させ、原告にその入金を迫った。

(二) 新規委託者保護管理規則違反

被告会社は、新規委託者保護管理規則により、新規委託者を保護するために新規に取引を開始した委託者に、三か月の保護育成期間を定め、この期間中に商品取引の仕組みを熟知させることに努め、この間の新規委託者からの売買取引の受託に当っては、原則としてその建玉枚数が二〇枚を超えてはならないことを定めている。しかしながら、被告Y4、同Y3、同Y2は、右制限解除手続を形式的に履践したのみで、原告に、取引開始日である昭和五八年一月一八日に直ちに三〇枚を、以後二月二一日、三月三日に各三〇枚合計九〇枚建玉させ、その後これを一旦仕切ったうえで更に三月二六日九〇枚建玉させ、取引開始から三か月の間に合計一八〇枚もの建玉をさせた。

(三) 取引所指示事項違反

(1) 無差別電話勧誘、執拗な勧誘

被告Y4は、原告の大学の後輩ではないのにも拘らず、大学の後輩と称して、面識のない原告に対し、勤務先に架電したり、取引の意思がない旨を述べているのに執拗に勧誘を行い、取引参加を迫った。

(2) 投機性の説明の欠如

被告Y4は、原告が先物取引の経験がなく、その知識がないことを知りながら、委託証拠金による先物取引である旨の説明を行わず、あたかも輸入大豆の現物の売買であるかの如く説明した。原告は、その後もはっきりとした商品先物取引の基本的な仕組の説明を受けておらず、委託証拠金についても何ら説明がないまま勧誘がなされた。

(3) 無意味な反覆売買

被告らは、既存建玉を仕切ると同時に新規に売直し買直しを行ったり(売又は買直し及び途転)(本件取引一一九例中九八例)、委託手数料巾を考慮しない建て落ちを繰り返すなど、無意味な反覆売買を行った。

(4) 過当な売買取引の要求

被告Y4らは、原告の手仕舞指示があるにも拘らず、また原告の何らの指示もないのに、無断で建玉をして、原告に建玉を押しつけた。

(5) 両建玉

取引所指示事項一〇によれば、「同一商品、同一限月について売又は買の新規建玉をした後(又は同時に)対応する売買を手仕舞せずに両建するようすすめること」を禁止しているところ、被告Y4らは、本件取引において、引かれ玉を手仕舞せずに反対建玉を行い、その後の相場変動により利の乗った建玉のみを仕切り、短時日の間に再び反対建玉を行う取引を繰り返し、しかも昭和五八年一〇月頃までは常時両建の状態を継続させた。しかして、異限月の両建を加えると、両建が行なわれた取引は、全一一九例中一〇二例にのぼった。

(四) 損失への危険性の高い取引の反覆

本件取引においては、途転、売直し、買直し、両建、手数料不抜け等を繰り返し、これらが反覆累行させた。このように右の如き取引を連続的に反覆すると、相場動向が上昇と下降を繰り返す平均的な場合には、その利益巾の合計と損失巾の合計は確率的にみて次第に均等化するから、手数料負担分だけは確実に損失として累積される。したがって、商品先物取引の外務員は、手数料負担の増大を極力避けるべき注意義務があるのに、被告Y4らは、両建取引や無意味な反覆売買を累行し、原告に多額の手数料(二四四二万五〇〇〇円)を負担させた。

4  被告らの責任

(一) 被告Y2、同Y3及び同Y4は、前記3の違法行為をなし、原告に損害を発生させた。

(二)(1) 前記3の違法行為は被告会社の営業方針によるものであり、被告会社及びその代表者たる被告Y1は右違法な営業方針の企画、決定、推進をなしたものであって、民法七〇九条の不法行為責任を負う。

(2) 被告会社は、被告Y2らの使用者であり、右被告らは前記不法行為を被告会社の職務の執行としてなしたのであるから、民法七一五条の使用者責任を負う。

5  原告の損害

(一) 物的損害 三三二八万六八五八円

原告は、昭和五八年一月一八日二一〇万円を被告会社に預託せしめられて以来、同年七月六日までの間一〇回にわたって合計三四六八万六八五八円を預託せしめられた。被告会社は、このうち合計一四〇万円を返還したにとどまり、その余を本件取引による損失及び手数料に充当するとして返還しないため、原告は結局三三二八万六八五八円の損害を蒙った。

(二) 慰謝料 三〇〇万円

(三) 弁護士費用 三〇〇万円

被告らは言を左右にして原告の請求に応じないため、原告は、弁護士である原告訴訟代理人に本訴訟を委任しなければならず、日本弁護士連合会報酬等基準による請求額の一割を下ることのない弁護士費用を要することとなった。しかして右弁護士費用は三〇〇万円を下らない。

6  よって、原告は被告らに対し、不法行為による損害賠償として、連帯して損害金三九二八万六八五八円及びこれに対する不法行為後である昭和六〇年五月二八日から支払済みまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  請求の原因に対する認否と反論

1(一)  請求の原因1(一)事実は知らない。

(二)  同1(二)の事実は認める。

2  同2の事実中、被告会社が委託者を原告とし、昭和五八年一月一八日から昭和五九年七月六日までの間、別表一ないし三のとおり一一九回にわたり、名古屋穀物商品取引所において輸入大豆の売買取引(本件取引)を行ったことは認めるが、その余の事実は認否する。本件取引はすべて原告の指示に基づくものである。

3(一)(1) 同3(一)(1)の事実は否認する。被告Y4らは、「商品取引ガイド」などを利用して商品取引の危険性などについて説明している。

(2) 同3(一)(2)の事実は否認する。被告会社は、本件取引の期間中、毎月月初めに前月末現在における建玉内訳や委託証拠金現残高などを記載した残高照合通知書を原告に送付してきたが、原告はその都度その確認のための残高照合回答書に署名捺印して被告会社に提出していたのであって、本件取引が一任売買や無断売買であるなどということはあり得ない。

(3) 同3(一)(3)の事実は否認する。

(二) 同3(二)の事実中、被告会社が新規委託者保護管理規則により原告主張のとおり定めていること、原告主張のとおり建玉がなされたことは認めるが、その余の事実は否認する。右管理規則は、二〇枚を超える建玉を一切禁止するものではなく、「新規委託者から二〇枚を超える建玉の要請があった場合には、外務員以外の社内審査を経てこれを受けること」としているのであり、被告Y4は、被告会社の社内審査機構である特別管理班責任者たる被告Y2に制限枚数超過の申請をし、一〇〇枚の範囲でこれを認める旨の審査を受けたうえ、一月一八日の委託注文を受けたものであり、何ら右規則に反する行為をしていない。

(三)(1) 同3(三)(1)の事実は否認する。無差別電話勧誘とは、社会通念上相手方に迷惑となる電話(時間、頻度、刻限)をいうところ、被告Y4は面会を求める電話を一度しただけであり、これにあたらない。

(2) 同3(三)(2)の事実は否認する。被告Y4は、原告に取引参加を勧めた際、商品取引の危険性について記載のある「商品取引ガイド」や「商品取引委託のしおり」を交付してこれを説明した。

(3) 同3(三)(3)の事実は否認する。原告主張の「買直しや売直し」「途転」などは、いずれも商品取引の手法としてそれぞれに意味のあるものであり、取引の過程におけるその時々の相場水準や値動きなど様々な状況の中で選択されたものである。

(4) 同3(三)(4)の事実は否認する。

(5) 同3(三)(5)の事実は否認する。両建は取引手法の一つであり、違法性を有するものではなく、委託者の損勘定に対する感覚を誤らせることを意図した両建が禁止されるに過ぎない。

(四) 同3(四)は争う。

4  同4は争う。

5  同5は争う。

第三証拠

証拠関係は、本件記録中の書証及び証人等各目録記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  被告会社は商品取引所法の適用を受ける商品取引所の市場における上場商品の売買及び売買取引の受託業務等を目的とする会社であり、被告Y1は被告会社の代表取締役であり、被告Y2は同社の営業部長、被告Y3は同社の本店第一営業部次長、被告Y4は同社の営業担当者であったことは当事者間に争いがない。

二  本件取引の経過

成立に争いのない甲第六号証の一ないし八、第七号証の一ないし三、乙第三ないし第六号証、第八号証の一、原告本人尋問の結果(第一回)から真正に成立したものと認められる甲第二一号証、原告(第一、第二回)、被告Y4、同Y3及び同Y2の各本人尋問の結果によれば、本件取引の経過につき次の事実が認められる。

1  原告は、昭和五八年当時愛知県刈谷市のa精機株式会社に勤務する四七才のサラリーマンで、先物取引の知識経験は全くなかった。

2  被告Y4は、昭和五八年一月一三日、b大学の同窓会名簿から先物取引の勧誘対象者として原告を選び出し、原告の勤務先に架電し、面会の承諾を得たうえ、翌一月一四日原告と面会し、名古屋穀物商品取引所が扱う輸入大豆の先物取引への勧誘をした。被告Y4は、同月一七日再び原告に架電したうえ面会し、輸入大豆の値が上がっているとしてその買いを勧めた。その結果、原告は、名古屋穀物商品取引所の定める準則を遵守して売買取引を行うことを承諾する旨の記載ある承諾書に署名捺印して、被告会社に右買いを委託し、被告Y4は、翌一月一八日輸入大豆三〇枚の買建をし、原告から委託証拠金二一〇万円を受領した。

3  右一月一八日の取引を皮切りに、その後原告を委託者とする輸入大豆の先物取引が別表一ないし三のとおり、昭和五九年七月六日まで合計一一九回にわたり行なわれた(本件取引)(本項の以上の事実は争いがない。)

4  本件取引の被告会社の担当者は、昭和五八年三月下旬までは被告Y4が、同年四月上旬から同年六月上旬までは被告Y3が、六月上旬から同年一一月末までは被告Y2が、その後は被告会社の他の営業員がそれぞれ担当した。右担当者の交替のうち、被告Y3から同Y2へのそれは、原告から被告Y3の相場観に対し不信の念が表明されたためであった。

5  ところで、原告は、本件取引につき、前記委託証拠金二一〇万円のほか、次の(1)ないし(9)のとおり委託証拠金を支払い、支払委託証拠金総額は三四六八万六八五八円にのぼった。

(昭和五八年二月二一日三〇枚買建の委託証拠金二一〇万円)

(1) 昭和五八年二月二二日 二一〇万円

(同年三月三日三〇枚買建の委託証拠金二一〇万円)

(2) 同年三月四日 二一〇万円

(同年五月一〇日六〇枚買建と同月一一日六〇枚買建の委託証拠金合計八四〇万円)

(3) 同年五月一一日 八四〇万円

(同年五月一二日一四〇枚売建の委託証拠金九八〇万円)

(4) 同年五月一四日 三〇〇万円

(同年五月一七日六〇枚売建の委託証拠金四二〇万円)

(5) 同年五月二三日 五八〇万円

(6) 同年五月二五日 四四〇万円

(同年六月一日二〇〇枚売建の委託証拠金一四〇〇万円)

(7) 同年六月六日 一二八万六八五八円

(8) 同年六月七日 五〇〇万円

(同年七月一日二〇〇枚買建の委託証拠金一四〇〇万円)

(9) 同年七月六日 五〇万円

原告が支払った右委託証拠金のうち、当初の二一〇万円と(1)、(2)、(4)、(7)、(9)の合計一一〇八万六八五八円は預金と株式売却金であてられたが、その余の二三六〇万円はすべて金融機関からの借入金でまかなわれた。

6  本件取引は、昭和五九年七月六日、最後に残存した同年五月二八日の買建玉を手仕舞して取引を終えたが、最終時点で六万〇六四二円の差引損が生じ、委託証拠金を含め、被告会社から原告に返還し、あるいは支払うべきものは何もなかった。その結果、原告は、被告会社に預託した委託証拠金合計三四六八万六八五八円のうち、本件取引の途中において返還を受けた一三八万七五〇〇円を控除した三三二九万八三五八円の損失を本件取引によって蒙った。ところで、本件取引における委託手数料の合計は二四四二万五〇〇〇円に達している。

三  被告らの行為の違法性

1  そこで、以下、被告らの行為が違法であるとする原告の主張について順次検討を加える。

(一)  請求原因3(一)(1)の主張(断定的判断の提供)について

前掲甲第二一号証及び原告本人尋問の結果(第一回)によれば、被告Y4は、原告に対し、「輸入大豆は底値を打ったのを確認して値上りを始めている。今チャンスが到来している。」「あなたにもうけてもらいます。損させるようなことはありません。私達に任せて下さい。」などと述べて輸入大豆の先物取引を勧めたことが認められる。被告Y4は、右認定に反する供述をしているが、同被告自身、当時輸入大豆の相場は強含みであって、買いと思っていた旨供述している(昭和六一年六月二日同被告本人調書一八丁)ことや、原告が本件取引を始めたのは被告Y4の来訪を受けてわずか三日後の二度目の来訪時であったことは前記認定のとおりであることなどの諸点に照らせば、同被告の前記供述は直ちに採用しがたく、他に前記認定を覆えすに足る証拠はない。

ところで、商品取引所法九四条一号は「商品市場における売買取引につき、顧客に対し、利益を生ずることが確実であると誤解させるべき断定的判断を提供してその委託を勧誘すること」を禁止しているところ、被告Y4の原告に対する前記言動は右禁止にかかる断定的判断の提供にあたるものというべきである。

(二)  請求原因3(一)(2)の主張(一任売買、無断売買)について

前掲甲第二一号証(原告の陳述書)及び原告本人尋問の結果(第二回)から真正に成立したものと認められる甲第三五号証(原告の陳述書)中には、本件取引はいずれも原告に無断であるいはその意思に反し被告Y4、同Y3及び同Y2によりなされた旨の記載があり、原告も本人尋問において同旨の供述をしている。しかしながら、原告が取引に応じて多額の委託証拠金を提供していることは前記認定のとおりであること、本件取引は約一年半の長期間にわたる取引であったこと、成立に争いのない乙第七号証、第九、第一〇号証の各一ないし六、及び原告本人尋問の結果(第一回)によれば、原告は、取引の都度被告会社から送付された「委託買付売付報告書及び計算書」を受領し、毎月一度「残高照合通知書」の送付を被告会社から受けて、「残高照合回答書」を被告会社に返還していたこと、また、原告は、被告Y3ら被告会社の営業担当者から取引につき電話による連絡を受けたり、被告Y3及び同Y2とは数回宛面会していることが認められることに照らせば、前記記載及び原告の供述は直ちに採用しがたく、他に原告主張の無断売買を認めるに足る証拠はない。

もっとも、原告は、一方において、被告Y4、同Y3及びY2から「損はさせない。任せてくれ。」などといわれていた旨供述してもいるところ、本件取引は極めて多数回にわたりなされているうえ、後記のとおり両建、途転、買直し、売直しなど多分に専門的、技術的仕法が練り返し駆使されており、また、委託手数料巾を考慮していないと思われるなど通常人には理解に困難な、不合理とも考えられる取引も見受けられること、原告が被告Y3の相場観に不信の念を表明し、取引担当者の変更を要求したことは前記二4に認定のとおりであること、さらに、前記二5に認定の事実から明らかなとおり、委託証拠金の徴収は常に建玉に後れているのみか、委託証拠金額の納付がないのに新たな委託証拠金を要する建玉がなされていることなどの諸事実が認められ、これらの事実は、本件取引の一任売買的性格を強く推認させる。そして、被告Y2もまた、原告から「損がでないように立回ってくれ」「うまくやってくれ」などと依頼されたことのあることを供述(平成元年五月一日付被告Y2本人調書七丁、一四丁、二四丁)しているところでもあり、以上にみたところによれば、本件取引については、被告会社から取引の都度原告に連絡がなされたとはいえ、原告の任意、自由かつ具体的な指示に基づくものとはいえず、その実質は被告Y3ら被告会社の営業担当者にその取引が一任されていたと認めるのを相当とする。しかして、右の如き一任売買は、商品取引所法九四条三号で禁止される行為に該当する違法行為であるといわざるを得ない。

(三)  請求原因3(一)(3)の主張(証拠金不納付)について

前記二5に認定の事実によれば、本件取引のうち昭和五八年六月一日の二〇〇枚売建玉と同年七月一日の二〇〇枚買建玉については委託証拠金全額の徴収がなされていないことが明らかであり、右は商品取引所法九七条一項に違反するものといわなければならない。

(四)  請求原因3(二)の主張(新規委託者保護管理規則違反)について

被告会社が、新規委託者保護管理規則により、新規委託者を保護するために新規に取引を開始した委託者に、三か月の保護育成期間を定め、この期間中に商品取引の仕組みを熟知させることに努め、この間の新規委託者からの売買取引の受託に当っては、原則としてその建玉枚数が二〇枚を超えてはならない旨を定めていることは当事者間に争いがなく、成立に争いのない甲第一一号証並びに被告Y4、同Y3及び同Y2の各本人尋問の結果によれば、被告会社においては、新規委託者から二〇枚を超える建玉の委託を受ける場合には、特別管理責任者(被告Y4及び同Y3が所属していた第一営業部においては同営業部長である被告Y2)の承認を受ける必要があり、原告の場合には、被告Y3において一〇〇枚を制限枚数として被告Y2の承認を得たことが認められる。そして、原告につき取引開始日の昭和五八年一月一八日に三〇枚の、二月二一日及び三月三日に各三〇枚の合計九〇枚の建玉がなされ、その後これらが一旦仕切られたうえで更に三月二六日九〇枚の建玉がなされたことは当事者間に争いがない。

また、成立に争いのない甲第一〇号証、前掲甲第一一号証並びに被告Y4、同Y3及び同Y2の各本人尋問の結果によれば、被告Y4は原告に直接面接してその資産収入状況を調査し、取引につぎ込み得る可能資金を約一〇〇〇万円と判断したこと(なお、前記二5に認定の事実によれば、原告は本件取引開始当時一一〇〇万円程度の預金、株式を有していたことが推認されるから、右可能資金は預金、株式のほぼ全額にあたる)、被告Y2は、被告Y4の調査結果と被告Y3の意見をきいただけで、独自の調査や客観的資料の提出を求めることもせず、安易に原告の相場感はしっかりしているとして一〇〇枚までの建玉枚数を承認したこと、しかして輸入大豆一〇〇枚の委託証拠金は一枚が七万円であるから合計七〇〇万円にもなることが認められる。

ところで、原告は商品先物取引については全く知識経験がなかったのであるから、原告につき制限枚数二〇枚を大巾に超える一〇〇枚(委託証拠金でいえば七〇〇万円)までの建玉枚数を承認するには十分な根拠が必要とされるというべきであるところ、右認定の事実によれば、さしたる根拠もなく右承認に至ったものといわざるを得ず、しかも取引開始後わずかな期間のうちに六三〇万円もの多額の委託証拠金を必要とする合計九〇枚の建玉が現になされたことは前記のとおりである。そうとすれば、原告に取引開始直後合計九〇枚の建玉をなさしめた被告Y4、同Y3及び同Y2の行為は、新規委託者である原告の保護に著るしく欠けるもので、新規委託者保護管理規則に違反するものであるといわなければならない。

(五)  請求原因3(三)(1)の主張(無差別電話勧誘、執拗な勧誘)について

成立に争いのない甲第一号証によれば、商品取引所が禁止すべき行為として指示した事項の一つに、「新規委託者の開拓を目的として、面識のない不特定多数者に対し無差別に電話による勧誘を行なうこと」があるが、その趣旨とするところは、社会通念上相手方に迷惑となる電話(刻限、時間、頻度)を禁止したものであることが認められるところ、被告Y4の原告に対する勧誘状況については前記二2に認定したとおりであって、全く面識のない原告に突然電話して面会を求めたことはいささか問題とする余地がないわけではないけれども、一回だけの電話にすぎないことなどに照らせば、いまだ右指示事項違反にはあたらないというべきである。また、原告の主張するその余の執拗な勧誘行為については、これに沿う前掲甲第二一号証の記載が存するが、この点に関する被告Y4の供述にも照らせば、右記載のみではこれを認めることはできず、他にこれを認めるに足る証拠もない。

(六)  請求原因3(三)(2)の主張(投機性の説明の欠如)について

右の点に関する原告の主張事実については、これに沿う甲第二一号証の記載及び原告本人尋問の結果(第一回)が存するが、前掲乙第三、第四号証、第六号証及び原告本人尋問の結果(第一回)によれば、原告は、本件取引の開始にあたり、商品取引につき説明した「商品取引委託のしおり」と「受託契約準則」を被告Y4から受領したことが認められることや、原告に対する説明についての被告Y4、同Y3及び同Y2の各供述にも照らせば、右記載及び原告の供述をもってしてはいまだ原告の主張事実を認めるに足りず、他にこれを認めるに足る証拠もない。

(七)  請求原因3(三)(3)の主張(無意味な反覆売買)について

別表一ないし三の本件取引をみると、別表一のとおり既存建玉を仕切ると同時に新規に売直し又は買直しを行っている取引(買直し、売直し、途転)や、別紙二のとおり委託手数料金額が利益金と同額かこれを上回る取引(手数料不抜けなど)のあることが認められる。しかしながら、右のような取引も相場の変動予測との関連で選択されることは十分考えられるところであり、したがって、相場の変動いかんによっては有効な売買となり得るものである。もっとも、別紙一及び二の取引は極めて頻繁かつ多数回にわたっているところ、その全てにつき相場の変動との関連で合理性があったかについてはこれを明確にし得る証拠はなく、右のような取引が妥当する場面は通常さ程多いとは考え難いから、別紙一及び二の取引中にはさ程意味のない取引も含まれているものと推認せざるを得ない。しかし、当該取引が無意味なものであったとしても、そのこと自体が違法な取引となるのではなく、そのような取引が無断あるいは一任を受けてなされた場合にそれが違法であると評価されたり、または、手数料の負担の増大を招く点において相当性を欠くものと評価されるものであるところ、本件取引が無断売買等にあたるかについては既述したとおりであり、後者については後述するとおりである。

(八)  請求原因3(三)(4)の主張(過当な売買取引の要求)について

被告Y4らが無断で建玉をしたとの事実についてはこれを認めることができないことは既に述べたとおりであるから、同被告らが無断売買を押しつけたとの原告の主張事実もまた認められない。

(九)  請求原因3(三)(5)の主張(両建玉)について

前掲甲第一号証によれば、「同一商品、同一限月について、売又は買の新規建玉をした後(又は同時)に、対応する売買玉を手仕舞せずに両建するよう勧めること」を禁止すべき行為として商品取引所が指示しているが、その趣旨とするところは、両建を利用して委託者の損勘定に対する感覚を誤まらせることを意図したと認められる取引を禁止したものであることが認められる。ところで、別表一ないし三の本件取引によれば、本件取引期間中の昭和五八年五月一二日から同年一〇月二五日まで、同一限月につき、多数回にわたり、かつ、反覆して両建玉がなされていることが認められるところ、右のような両建は、複雑極まりなく、委託者たる原告の損勘定に対する感覚を誤まらせるものというべきであって、前記取引所指示事項として禁止さるべき両建にあたるものと認めることができる。

(一〇)  請求原因3(四)の主張(損失への危険性の高い取引の反覆)について

原告は本件取引により三三二九万八三五八円の損失を蒙ったところ、本件取引における委託手数料の合計が二四四二万五〇〇〇円であることは先に認定したとおりである。ところで、委託手数料は、取引を重ねる都度委託者の損勘定として確実に累積されていくものであるから、商品取引の受託者は、委託者との関係において、委託手数料の累積増大化に注意を払いながら取引の受託業務を行うべき注意義務があるものというべきである。本件においては、先物取引そのものによる損失は八八七万三三五八円(=33298358-24425000)であるに対し、委託手数料は二四四二万五〇〇〇円と損失に対する割合及び額ともかなり高いものとなっている。右に加え、買直し、売直し、途転、手数料不抜け、両建などの特定売買が多数存在し、また、中にはさ程意味のない取引も含まれているものと推認され、さらに、取引所指示事項に反する両建も存在するなどの諸点をも併せ考慮すれば、原告との取引を担当した被告Y4、同Y3及び同Y2は、委託手数料の累積増大化を避けるべき注意義務に反する取引を行ったものといわざるを得ない。

2  右1でみたところによれば、本件取引において、先ず被告Y4が、先物取引につき全く知識経験のない原告に対し、「損させるようなことはありません」などと利益を生ずることが確実であるかの如き断定判断を提供して、原告に輸入大豆の先物取引を勧誘し(商品取引所法九四条一号違反)、新規委託者保護のため定められた建玉制限枚数を大巾に超える合計九〇枚の建玉を原告に取引開始直後からさせ(新規委託者保護管理規則違反)、以降被告Y4、同Y3及び同Y2において、一任売買を行い(商品取引所法九四条三号違反)、委託証拠金の徴収のないまま一部建玉をなし、(同法九七条一項違反)、原告の損勘定に対する感覚を誤まらせる両建をし(取引所指示事項違反)、委託手数料の累積増大化を避けるべき注意義務を怠り、その結果、原告に多大の損失を蒙らせたということができる。しかして、被告Y4、同Y3及び同Y2のこれら一連の行為は、商品先物取引上著しく相当性を欠き、社会的に許容される限度を超え、原告の自主的かつ自由な意思決定を阻害するものであって、違法なものであるといわざるを得ない。

四  被告らの責任

1  被告Y4、同Y3及び同Y2

被告Y4、同Y3及び同Y2の被告会社における地位及び職務内容、並びに前記三に見た同被告らの行為に鑑みれば、同被告らの違法行為には客観的関連共同性の認められることは明らかであるから、同被告らは共同不法行為者として原告が本件取引により蒙った損害を連帯して賠償すべき義務がある。

2  被告会社

被告Y4、同Y3及び同Y2は被告会社の被用者であり、これら被告の前記違法行為が被告会社の事業の執行としてなされたものであることは明らかであるから、被告会社は同被告らの使用者として民法七一五条に基づく使用者責任を負うものといわなければならない。

3  被告Y1

弁論の全趣旨から真正に成立したものと認められる甲第四六号証の一ないし三によれば、本件取引における前記違法行為と同種の被告会社に対する苦情が国民生活センターに多数寄せられていることが認められるから、被告Y4、同Y3及び同Y2の前記違法行為は、取引の経過、態様等をも併せ考慮すれば、被告会社の通常の業務とは全く異質の偶発的なものと考えることはできず、むしろ、被告会社の営業姿勢、営業方針に由来する構造的現象であると認めるのを相当とする。ところで、被告Y1は被告会社の代表取締役としてその最高責任者の地位にあったのであるから、同社の営業方針を通じ、被告Y4らの前記違法行為を容認し、推進したものというべきである。したがって、被告Y1は民法七〇九条により原告が本件取引により蒙った損害を賠償すべき義務がある。

五  原告の損害

1  原告が本件取引により委託証拠金三三二九万八三五八円の返還を受け得なくなったことは前記二に認定のとおりであるから、原告は被告らの違法行為により右同額の損害を蒙ったものというべきである。

2  原告は被告らの違法行為により精神的損害を蒙った旨主張し、慰謝料を請求するが、本件においては、財産上の損害が填補されても、なお精神的損害が残存する特段の事情を認めることはできないから、右慰謝料請求は理由がない。

3  ところで、本件取引は一任売買の点で違法とされるものであることは前記のとおりであるが、そもそも商品先物取引のように多大な損失を蒙ることのある危険な取引を被告らに任せたのは原告であるうえ、前掲甲第二一号証、乙第三号証及び原告本人尋問の結果(第一回)によれば、原告は、商品取引所の苦情相談などの存在を知りながら、本件取引の終了に至るまでの約一年半の間、被告会社に苦情を申入れたことがあるほかは、途中で取引をやめることをも含め他に何らの損害回避措置をもとらなかったことが認められるから、原告が被告らの違法行為により蒙った損害を算定するにあたっては、原告の右過失を斟酌すべきところ、過失相殺としてその三割を減ずるのが相当である。そこで、原告の前記損害から三割を控除すると、二三三〇万八八五〇円となる。

4  弁論の全趣旨のよれば、原告が本件不法行為による損害賠償金を被告らから任意に受け得なかったため、本件訴訟の提起及び追行を弁護士である原告訴訟代理人に委任し、日本弁護士連合会報酬等基準による相当の報酬等を支払う旨約したことが認められるところ、本件事案の内容、認容額等諸般の事情に照らせば、本件不法行為と相当因果関係のある弁護士費用としては二三〇万円が相当である。

六  結論

以上によれば、被告らは原告に対し、不法行為による損害賠償として、連帯して損害金二五六〇万八八五〇円及びこれに対する不法行為の後であり訴状送達の日の翌日であることが記録上明らかな昭和六〇年五月二八日から支払済みに至るまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金を支払うべき義務がある。

よって、原告の本訴請求は右限度で理由があるから認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、九三条を、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 園田秀樹)

<以下省略>

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